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チキンナゲットで訴訟沙汰に?

  • 執筆者の写真: 英米法研究会 企画・広報担当
    英米法研究会 企画・広報担当
  • 2024年12月25日
  • 読了時間: 6分

こんにちは。英米法研究会 企画・広報担当です。2024年も終わりが近づいて参りました。また、この記事が公開された12/25はクリスマスということで、世間はお祭りムードです。皆様も思い思いのひとときを過ごされることと思います。各種疾患の流行も始まる時節でもありますので、皆様どうぞご自愛ください。


さて、私たち英米法研究会は、中央大学公認サークルの中でも「学術連盟」と呼ばれる、学術研究を目的としたサークルの集団に所属しています。学術連盟には私たち英米法研究会のみならず、法学会海空法研究会政治学会文学会経済学会証券研究会統計学会の計8部会が所属しています。そんな学術連盟では2023年以来、この時期になると部会としての研究発表を行う「学術連盟合同研究発表会」なるものを開催しています。今年度の模擬陪審裁判がひと段落したのも束の間、去る12/14(土)、土曜朝の茗荷谷キャンパスに学術連盟の部会員が集結し、今年度の合同研究発表会が開催されました。持ち時間は1部会あたり30分。この間に研究内容のプレゼンテーション、ならびに質疑応答を行うというもので、これを休憩も挟みつつ8部会分行います。当会は4番目の発表となりました。

今回、当会がテーマとして取り上げたのが、英米法における「懲罰的損害賠償(punitive damages)(exemplary damagesとも)」という概念と、いわゆる多国籍企業の企業法務との関係性のありよう。懲罰的損害賠償は、英米法系の不法行為法(人が他人の身体・生命や権利を侵害した際に適用されるジャンルの法律)に盛り込まれている制度です。加害者のした不法行為が特に強い非難に値すると評価された場合に、今後の抑止・制裁の意味を込めて実際の損害補填としての賠償に上乗せされて課される賠償のことを指します。もっぱら大陸法の理念を採っている日本の不法行為法においてはこのような概念は取り入れられておらず、仮に日本国外の裁判所で、日本国内にある個人や企業等に対して懲罰的損害賠償を含む損害賠償やその強制執行が認められたとしても、懲罰的損害賠償にあたる部分についてはその効力が及ばないとされています。

そして、今回のテーマを検討するにあたって用いたのが、2023年にアメリカ フロリダ州で出された、ある事件をめぐる民事裁判の結果でした。



"Mcdonald's Chicken McNuggets case"

事の発端は2019年、フロリダ州内のとあるマクドナルドにあるドライブスルーにやってきた家族が、当時4歳だった女の子のためにハッピーミール(日本でいう「ハッピーセット」)を注文したことにありました。店員から両親にハッピーミールが渡され、それを車の後部座席に座っていた女の子に渡そうとしたところ、チキンナゲットの肉片が女の子の膝上に落下。これによって女の子は落下した膝に「第2度熱傷(second-degree burn)」と呼ばれる、皮膚の水膨れや真皮の表面的な破壊を引き起こす程度の火傷を負ってしまったのです。

日本マクドナルドが発売しているチキンマックナゲット(5ピース)(本件とは無関係)
日本マクドナルドが発売しているチキンマックナゲット(5ピース)(本件とは無関係)

両親はこれを、「パッケージにナゲットが高温であることを記載しなかったマクドナルド側の責任である」として、損害賠償を求めてマクドナルド社、および当該店舗を運営していたフランチャイジーを相手取りフロリダ州の裁判所に訴えを起こしました。3年以上にわたる審理や弁論等の末、陪審は両親の主張を認め、すでに7歳になっていた女の子に対して火傷という具体的な損害に対する賠償として40万ドル、さらに懲罰的損害賠償として40万ドル、計80万ドル(当時の日本円にして約1億800万円)もの損害賠償を支払うようマクドナルド社に命じたのです。この訴訟について、世論はおよそ30年前に同じくアメリカで起こった「マクドナルド・コーヒー事件」と呼ばれる訴訟を想起し、何かと比較される存在となりました(マクドナルド・コーヒー事件についてはいわゆる「訴訟大国アメリカ」を象徴する事件だとして日本のニュースでも取り扱われ、アメリカ映画等の演出や内容も相まって「アメリカは何かと訴訟が多い」というイメージが定着していることと思います)。



上記の事案について当会は比較法学(=国同士の法制度を比較し、その差異などについて対比させる学問)的な観点、倫理面、企業慣行への影響という3つの視点から検討を行いました。


まず、法制度面に関していえば、アメリカにおけるそれに懲罰的損害賠償の制度を設けて、企業の過失に対する追加の抑止力として機能させているのに対し、日本には(上記の通り)そのような制度は存在していません。これはアメリカにおいて陪審制度が存在し、一般市民に制裁の軽重を決定する権限を与えていること、日本の不法行為法の多くを公序良俗の原則(=の秩と善な風、の略で、民間人同士の関係性における法律の解釈基準となる要素の1つ)に則り、和解を目指す方向性に導くような条項が占めていることがその背景として挙げられます。


倫理的な観点からは、懲罰的損害賠償という制度そのものの是非が問題となります。現状におけるこの制度の支持者は、それが社会的保護のメカニズムや、無謀、不法な行動を取った企業が重大な結果(多額の損害賠償や企業イメージの低下など)に直面することを確実にすると主張しています。他方、反対派は懲罰的損害賠償は過剰な訴訟を助長し、企業のイノベーションを損なう可能性があるとしています。読者の皆様はこの制度についてどのようにお考えでしょうか?よろしければコメントお待ちしております。


最後に、企業慣行に対する影響という観点について。上記のような多額の損害賠償を認める判決を受けて、マクドナルド含む食品業界において、特に食品の安全性と警告表示に関するリスク管理を再評価し、企業戦略のより重要な部分になる可能性があるといえるでしょう。また、このような事件がなくとも、多国籍企業は世界中にブランドを展開する主体として、各国で異なる法制度下で存続し続けなければなりません。殊にアメリカでは懲罰的損害賠償を命じられるリスクに対処しなければならず、日本のような国では補償的損害賠償と和解に焦点が当てられることが考えられます。



いかがでしたでしょうか。たったひとつの火傷がこれほどまでに重大な影響を与える訴訟にまで発展するということは、私たちにはなかなか想像もつかないようなことだとも思います。それでも、アメリカは訴訟によって一市民として権利を主張し、勝ち取っていくということが社会的にも広く受け入れられている国であり、それが現在でも続く「訴訟社会」や、今回取り扱ったような社会的影響のある訴訟の発生などにつながっているともいえます。

最初にも記したように世間はクリスマスということで、チキン(ナゲット)を食べる方も多いかと思われます。食べる際にふとこの記事の存在を思い出し、英米法に想いをはせるきっかけになれると幸いです。


茗荷谷キャンパスから沈む夕陽を望む
茗荷谷キャンパスから沈む夕陽を望む

また、2024年のブログ記事の投稿はこれが最後となります。現在の公式サイト開設初年度となった2023年(度)と比較して、不定期ではありましたがかなり多くの記事を投稿でき、多くの皆様に閲覧していただくことができました。来年以降もブログ執筆を継続し、当会や中央大学 法学部に興味を持ってもらえるきっかけとなれるよう励んでまいりますので、これからも何卒よろしくお願い申し上げます。


それでは、皆様良いお年をお過ごしください。閉廷。

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